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東京地方裁判所 昭和62年(特わ)1786号 判決

主文

被告人両名をいずれも懲役一〇月に処する。

被告人Aに対し未決勾留日数中三〇日をその刑に算入する。

被告人Bに対しこの裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用の二分の一は被告人Bの負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、Cらと共謀のうえ、劇物販売業の登録を受けないで、かつ法定の除外事由がないのに、昭和六二年六月二四日午後三時五〇分ころ、東京都新宿区新宿〈住所省略〉マンション〇〇一、〇〇四号の被告人B方居室において、政令で定める劇物であるトルエン約六万八、〇〇〇ミリリットル(一斗缶入り三缶、ドリンク瓶入り二八〇本)を業として販売する目的をもって貯蔵したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

弁護人は、被告人BはCらに頼まれやむなく同人らが自室にトルエンを貯蔵するのを容認して貯蔵の場所を提供したにすぎず、自らこれを販売する目的も、主体的にこれを貯蔵した事実もなかったから従犯にとどまると主張する。

なるほど、同被告人は、Cらに頼まれ、同人らが業として販売する目的で本件トルエンを自室に貯蔵することを容認していたものであり、同被告人が自らこれを販売するという目的のなかったことは明らかである。しかしながら、毒物及び劇物取締法三条にいう販売の目的は、麻薬取締法六四条二項、覚せい剤取締法四一条二項等にいう営利の目的とは異なり、身分犯として要求されている主観的要素ではなく、刑法一五五条一項の公文書偽造罪等にいう行使の目的と同様、独立した犯罪成立要件として要求されている主観的要素であると解せられるから、共犯者が販売する目的であることを認識していたにとどまる場合にも販売の目的があったというほかはない。また、同被告人は、本件トルエンを処分し又は持ち出す権限を有しておらず、専らCらがその権限を有していたことは明らかである。しかしながら、毒物及び劇物取締法三条三項にいう貯蔵は、一般観覧に供することなく継続して存置し所持する行為をいうと解せられから(薬事法二四条一項にいう貯蔵についての最高裁判所昭和四一年一〇月二七日決定・刑集二〇巻八号一〇二七頁参照)、本件トルエンを自室に隠匿することを容認し、これに対し事実上の管理支配を及ぼしていた以上、被告人は、本件トルエンの貯蔵の実行行為に及んだものというほかはない。そうすると、被告人は本件トルエン貯蔵罪の正犯の責任を負うべきであるから、所論は、排斥を免れない。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為はいずれも刑法六〇条、毒物及び劇物取締法二四条一号、三条三項、毒物及び劇物指定令二条一項七六の二にそれぞれ該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人両名をいずれも懲役一〇月に処し、刑法二一条を適用して被告人Aに対し未決勾留日数中三〇日をその刑に算入し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から被告人Bに対し三年間その刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用してその二分の一を被告人Bに負担させ、同項ただし書を適用して被告人Aにはこれを負担させないこととする。

(裁判官香城敏麿)

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